東京高等裁判所 昭和51年(う)642号 判決
被告人 松本比斗志
〔抄 録〕
所論は、被告人は、代用監獄赤羽警察署留置場に勾留されたが、その勾留期間中、捜査当局により被告人に対し、以下のごとき違法行為がなされた、すなわち、(一)、被告人は、昭和五〇年一二月五日逮捕された後赤羽警察署における弁解録取の際に、警察官に対し、電話番号を告げたうえ、いわゆる救援連絡センターの指定する弁護士を弁護人に選任したいので、同センターにその旨通知してほしいと申出たのにかかわらず、同警察署は、同センターに対する右通知を故意に懈怠した、(二)、同月六日、弁護人選任届に被告人の指印を受けた弁護士小泉征一郎が、警察官に対し被告人の指印証明を要求したところ、警察官は、被告人の氏名がすでに判明していたのにかかわらず、被告人が取調に黙秘しており、名前がわからないとの理由のもとに同弁護士の右要求を拒絶した、(三)、被告人は、捜査官に弁護人の解任を強要され、弁護人と相談したいので接見させてほしいと要求したが、捜査官から、会うと気が変るなどと追及され、結局同月一九日、弁護人解任届を書くことを余儀なくされた、また右同日、弁護人である弁護士山岡正明が、接見指定を受け赤羽警察署に赴いたところ、被告人名義の弁護人解任届を見せられたので、同弁護士がとにかく本人に会ってその意思を確認したいと接見を要求したが、警察官がこれを拒絶した、さらに、被告人の友人らは、同月二〇日、二二日、二三日と食料の差入れに赴いたが、警察官により差入れをすべて拒絶された、右(一)は、刑事訴訟法第二〇三条第一項、第二〇四条第一項、第二〇九条、第七八条に違反し、憲法第三四条によって保障された弁護人を選任できる権利を全く無視する違法な措置であり、右(二)は、被告人の弁護人選任権を故意に妨害することを意図してなされた、司法警察職員としての職務義務に違反する違法な行為であり、右(三)は、憲法第三四条、刑事訴訟法第三〇条、第三九条第一項、第八一条但書に違背し、被告人の、弁護人による有効な弁護活動を享受する権利を無視し、その防禦権を侵害する違法な行為であって、かかる憲法、刑事訴訟法の各条項に違反し、被告人の防禦権を著しく侵害する状況においてなされた勾留期間中に作成された被告人の各検察官調書は、いずれも証拠能力を否定されるべきであり、仮にそうでないとしても、少くとも弁護人解任後の取調により作成された被告人の昭和五〇年一二月一九日付以降の各検察官調書は、任意性に疑いがあるというべきであるのにかかわらず、被告人の各検察官調書を証拠として採用した原判決には、判決に影響を及ぼすことが明らかな訴訟手続の法令違反がある、と主張する。
よって案ずるに、記録および当審における事実取調の結果によると、被告人は、爆発物取締罰則(第九条)違反被疑事件により、昭和五〇年一二月五日逮捕され、同月六日代用監獄赤羽警察署留置場に勾留され、同時に公訴提起に至るまでの間接見および文書の授受を禁止され、勾留延長のうえ、同月二五日同罪により東京地方裁判所に起訴され、同五一年二月一六日東京拘置所に移監されたこと、被告人は、当初被疑事実はもとより、自己の氏名をも黙秘していたが、昭和五〇年一二月一九日になって被疑事実を認めるに至り、その後の取調において、犯罪事実の詳細を自供し、被告人の自供内容が記載された各検察官調書が作成されたこと、被告人が自供するに至ったのは、被告人において、本件犯行当時所属していた「怒濤派」の活動方針、就中いわゆる爆弾闘争に対し否定的見解を抱くようになり、自己の行為を反省したためであり、現に被告人は、起訴後右の趣旨を仔細に記載した長文の「私の今回の爆弾闘争の総括」と題する書面を作成していること、そして被告人は、昭和五一年二月一〇日の第一回公判期日において、公訴事実を全面的に認め、東京拘置所に移監された後の同年二月二七日の第二回公判期日における被告人質問の際にも、革命が必要であるとの見解に変りはないが、現時点で武力闘争を行なうことは革命にとってマイナスではないかと思う旨および自己の行為が犯罪と認定されてもやむをえない旨供述していること、原審弁護人も第一回公判期日において、被告人の検察官調書八通および被告人作成の前記書面を含む検察官請求の全証拠の取調に同意し、被告人もまた、同期日において、取調証拠につき何かおかしい点とか述べ足りないことはないかとの裁判官の質問に対し、「金属性のふるいはもしかしたら自分のものかも知れない、ほかには別にない」と答えていること、そして、被告人および原審弁護人は、原審において、捜査当局による所論のごとき違法行為の点については何らの主張もしていないこと、被告人は、逮捕中に一旦救援センター指定の弁護士山岡正明を弁護人に選任したが、昭和五〇年一二月一九日、検察官に対し解任届を提出して同弁護人を解任し、また、被告人の父親が依頼した弁護士についても、親に金銭的負担をかけたくないとの理由で弁護人に選任することを拒絶し、起訴後は原審に対し、国選弁護人の選任を要求するとともに、同五一年一月八日付で原審に宛て、被告人に関する一切の私選弁護人を断る旨および鈴木弁護士を弁護人に選任した憶えはないが、仮に選任しているとすれば、同弁護士を解任する旨の「解任届」と題する上申書を提出していること、なお、被告人は、親に金銭的負担をかけたくないとの理由から、原審においては敢えて保釈請求をしなかったことの各事実が認められる。
ところで、所論指摘の前記(一)ないし(三)の事由については、記録中にはこれらの事実を認むべき何らの証拠も存在せず、また被告人の当審公判における供述中には所論の一部に沿うかのような部分があるが、右供述は、捜査段階および原審における前記のごとき経緯、ことに被告人が原審において何らそのような主張をしていないこと(なお所論は、被告人は起訴後も赤羽警察署に勾留され、捜査当局の違法・不当な支配下にあったために、原審において、その主張をなし得なかった旨主張するが、前記のとおり、被告人質問がなされた原審第二回公判期日は、被告人が東京拘置所に移監され、捜査当局の支配から脱した後に開かれたのであるから、所論はただちに首肯できない。)などに徴して、ただちに信用し難く、仮に被告人の当審公判供述中所論に沿うかのような部分が信用できるとしても、被告人の供述にかかる捜査段階における捜査官らの行為が、所論の指摘する憲法、刑事訴訟法の各条項に違反し、被告人の防禦権を侵害する違法なものであると速断することはできない。すなわち、所論の前記(一)の点については、被告人は、当審公判において、赤羽警察署での弁解録取の際に、警察官に対し、救援センターが指定する弁護士を依頼したいので、その旨同センターに電話連絡してほしいと申出た旨供述するものの、同警察署が同センターに対する通知を懈怠した事実については、被告人の右供述によってもこれを認めるに足りず(なお仮に、同警察署が右通知を懈怠したとしても、被告人が逮捕された翌日には、小泉弁護士が弁護人選任届に被告人の指印を受けていることは、所論自体が認めるところであり、かつそれまでの間、被告人が被疑事実はもとより、自己の氏名さえ黙秘していたのは前記のとおりであることに鑑み、右通知の懈怠により、被告人の防禦権が実質的に侵害されたということはできない。)、また前記(二)の点については、被告人が当審公判において供述するところは、弁護人になろうとする弁護士からなされた被告人作成の弁護人選任届中の被告人の指印証明の要求を拒絶した旨警察官同志が話しているのを被告人が小耳にはさんだというにすぎないもので、供述内容自体において証明力に乏しいばかりでなく、仮にそのような事実があったとしても、被告人は、その時点において、自己の氏名を黙秘していたのであるから、警察官が被告人の指印証明を拒絶した措置をもって必ずしも不当なものということはできないうえ、刑事訴訟規則上、被告人の指印についての証明が弁護人選任届の有効要件とされておらず、かつ被告人の当審公判供述によっても、警察官が指印証明を拒絶したことにより、被告人の弁護人選任手続が実質的に阻害された事実を認めることができないので、いずれにせよ、所論の警察官の右措置によって、被告人の防禦権が不当に侵害されたと認めることはできない。また前記(三)の各事由のうち、所論の弁護人解任の強要の点については、被告人の当審公判供述によっても、所論の被告人による山岡弁護人の解任が捜査官の強要により被告人の意思に反してなされたとは到底認めることはできず(ちなみに、被告人は当審公判において、心境の変化により犯行を自供する気持になったが、自供することは、山岡弁護人の従来の弁護方針等に徴し同弁護人に対しすまないことであるので、同弁護人を解任することにしたとの趣旨の供述をしている。)、所論の警察官による山岡弁護士の接見要求拒絶の点も、被告人が同弁護士を解任した以上、同弁護士において、接見禁止決定のなされている被告人に接見し得る何らの権利も有していないのであるから、警察官の右措置に何ら違法な点はなく、所論の警察官らによる差入れ拒絶の点についても、被告人自身当審公判において、外部からの差入れを断る旨警察官らに意思表示したとの供述をしているところであり、かつ被告人の同供述によっても、被告人の右意思表示が警察官の強要により、その自由な意思決定能力を抑圧された状態でなされたと認め難いのであるから、所論の警察官らの右措置が違法なものであるということはできない。
以上のとおりであって、捜査段階における捜査当局の行為が憲法第三四条、刑事訴訟法第三〇条、第三九条第一項、第八一条但書、第二〇三条第一項、第二〇四条第一項、第二〇九条、第七八条に違反し、被告人の防禦権を侵害する違法なものであるとの所論はすべて理由がない。
(石田 小瀬 南)